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2008_12
30
(Tue)21:52

時の流れに・・・

光陰矢のごとしなんて言葉があるように
あっと言う間に時は流れ、2008年もあと29時間余りを残すだけに。
一年の単位が切り替わるだけで、1日24時間の流れは過去も未来も変わらぬものであるが
こうして、年の瀬を迎えると過ぎ行く歳を振り返り、迎え来る新しい1年に期待を抱く
この繰り返しを飽きる事無く、脈々と繰り返し「歳」が重ねられて行く

時の流れは、旧き時代を終わらせ、新しき時代を創造し、その新しき時代も
いつの日にか旧き時代へと変わり、時代のターンオーバーを繰り返す

かつて、東洋一の規模を誇った扇形庫を持つ小樽築港機関区もその時代の
ターンオーバーで消滅して行った。
幼き日に「憧れの聖地」「C62の居る場所」として、夢を抱いて訪れた場所
そして目の前に聳え立つ大きな、とてつもなく大きなラウンドハウス
その中に佇むC62、D51、そしてキューロクたち
DD40D0023aw1.jpg
夢は儚いものであり、いつの日にか覚めるものでもある
その大きなとてつもなく大きなラウンドハウスの主たちは黒い鋼鉄の馬から
紅いマシンへと変わって行ったが
いつ本来の主である黒い鋼鉄の馬が帰って来ても大丈夫とばかりに
威厳を保ったまま彼の地に聳え立ったままであった
本来の主が消えて約7年の歳月が流れても、こうして北帰行したC56を迎え入れ
約1ヶ月からの滞在をしっかりと受け入れることが出来たものであった。
DD40D0024aw1.jpg
しかし、時の流れは黒い鋼鉄の馬から赤いマシンへの時代へ
ターンオーバーさせただけでは済まなかった。
新たな時代として、国鉄と言う一家をJRとして分割民営化し
集約と合理化と言う大鉈が振り下ろされて東洋一を誇った「城」を明け渡すことに。
IMG_5870w1.jpg
扉を閉ざしたラウンドハウスにもはやあの栄光の時を思わせるものは何も無くなってしまった
茜色に染まる空の下、かつての住人C623が佇むものの、その扉は開かれず
時の流れに逆行したC62と時の流れのままに流されるラウンドハウスとの対比が
ただただ、物悲しさを語るようであった。
DD40D0042w1.jpg
そして、大きなとてつもなく大きなラウンドハウスが主を失い、自らの存在をも否定され
時代の波、時の流れに飲み込まれるように消えて行った。

時の流れに・・・
画像1 現役時代末期の昭和49年1月撮影。
     本来なら前年の10月で無煙化された小樽築港であったが入換えと排雪用に
     49年3月まで、キューロクとD51が数両だけ残っていた。
画像2 すでに無煙化されDD51の砦となっていた昭和55年11月撮影。
     北海道鉄道開通100周年記念行事として梅小路から借り出されたC56160
画像3 平成2年7月撮影。
     10月に取り壊しが決まった扇形庫を讃え、「ノスタルジックガレージ」と
     銘を打ってのC62まつりでの撮影
画像4 平成2年10月撮影。
     大型重機が惜しげもなく解体を始める中、運行を終え帰着したC62が
     ターンテーブルで方向転換。

COMMENT 6

kenken  2008, 12. 31 (Wed) 08:43

小樽築港機関区、懐かしいですね。
私も訪れたことがありますよ。
現役時代と無煙になった後と2回です。
無煙になってからのネガはかろうじてありましたが。。。
蒸気機関車だけではなく、今年もいろいろと引退劇があり、寂しく思います。

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くろくま  2008, 12. 31 (Wed) 09:09

ひぐまさんならではの定点撮影記録、時の流れが凝縮されているようです。
小樽築港は現役時代に三回ほど撮影に訪れています。
最初に行ったときは、9633やC622、3などが在区していて感激しましたよ。
区の入り口にはC622のプレートと動輪が飾られていて、
庫内にはホンモノが鎮座していたから焦っちゃった。

転車台と扇形庫なんて当たり前の存在だったのに・・・。
時の移り変わりは、現実的である意味、残酷ですね。

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あべくま  2008, 12. 31 (Wed) 10:09

当時憧れだった小樽築港機関区ですね。
私は昭和46年の夏に初めて行きました。
山線回りの夜行鈍行で行ったので、朝早くてまだC62は庫の中に居て、お尻しか写せませんでした。
その代りに、三重連で出区準備中のキューロクなんか写して喜んでいました。
カマの多さに圧倒されたのか、眺めるのに忙しかったんでしょうかねぇ、あまり写真を撮っていなかったのが残念です。
C56が渡道したときは、苗穂には行きましたが築港には行きませんでした。
長年にわたる定点観測の貴重な影像、ありがとうございました。

この一年、素晴らしい写真を見せていただきまして、ありがとうございました。
また、気まぐれで見当外れのコメントの数々、大変失礼いたしました。
また来年も宜しくお願い申し上げます。

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ひぐま3号  2008, 12. 31 (Wed) 13:13

kenkenさん

巨大なラウンドハウスも主が消えれば存在価値なしって無碍に解体
津山や豊後森などではラウンドハウスを保存し活用を図るところも
C623復活の発端は本来あのマンモスラウンドハウスを保存し活用することだったのに・・・
残念ながら消えてしまいました。
今年は消え行くモノが多い1年でしたね。さて、来年はどんな1年になることやら?

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ひぐま3号  2008, 12. 31 (Wed) 13:26

くろくまさん

我が鉄道とりわけ、蒸機に関してはここ小樽築港区がメッカ的な存在
初訪問時にはやはり、ワクワクした場所だったようで同じですね~
昨年、小樽に行く機会があり、散歩がてらにこの辺りを散策したのですが
今や、商業施設などに取って変わりこの頃の面影はありませんでした。
解体の始まったラウンドハウスの中を散策し漆喰の上にコンクリを塗った構造や
機関車止めをオーバーして壁に連結器で穴を開けてしまったような痕跡を見て
往時を偲んだことが昨日のことのようでうが、時、既に18年経過。
こうして、時が流れて目に見える物はかりそめの姿となり、
本質の姿は記憶の中だけになって行くのでしょうね。
ふと、そんな事を思うと「撮る」と言うことの大切さを感じてしまうひぐまです。


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ひぐま3号  2008, 12. 31 (Wed) 13:35

あべくまさん

稚拙な画を繋いでの企画ってことで試みた次第です。
C622が健在の頃、小樽築港に行けた私は恵まれていたと思います。
現役蒸機を道内に追われた皆さん、必ずと言っていいほど46~47年位は
小樽築港に62を見にいらしていたようですので、自分もその部分では同じ経験が出来て
今にして思えば良かったなぁ~と。ただ悔やまれるのは
初めて見る巨大機関区、そして憧れの62・・・興奮が先で冷静に撮影していない!
この点はあべくまさんと全く同じようですね(笑)
コメントいつもありがとうございます。
そんな謙る必要はございません。気ままに思うがままに記載なさって下さいね。
(私もJKを引っ張りすぎてごめんなさいですぅ~)
今年もご支援いただきましたこと心より感謝申し上げます。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
「佳いお歳をお迎え下さい~!」

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