2008_06
11
(Wed)21:03

さよなら!私のキューロク

49604sihoro1.jpg


33年前の選択・・・
皆さんのありがたいコメントから、「やっぱり正解だった!」そう
強い確信へと長い年月を経てですが変わりました。
ありがとうございました。

さて、今宵はその、最後の1枚って選択した士幌線の貨物
私にとって、士幌線のキューロク、ラストショットがこの画です。

当時、ミノルタSRT101を使用していた私
右手の巻上げはモーター付かと言わんばかりにハイスピードで連写したものでしたが
このラストショットでは
「最後の1枚は連写せずに、ファインダーを通して見るのではなく肉眼に焼き付けたい」
そんな気持ちからケーブルレリーズでワンショット撮影
気持ちがせいたのか、思った位置より早く切ってしまったのだが
しっかりと「さよならキューロク・ありがとう!」って呟きながら
十勝川鉄橋を走り去る49604に別れを告げることが出来た

今、思えば、この別れを告げるひとりぼっちのセレモニーが出来たことが
選択の正解だった証であり、大人になって悔やむ必要は無かったものだったと
みなさんのコメントから感じ得ました。

この鉄橋を来る日も来る日も、雨にも風にも負けず
吹き付ける雪にもめげずにキューロクが走り続けた日常
その日常を見届けたあの日、いつまでも忘れえぬ日の思い出です。

COMMENT 12

くろくま  2008, 06. 12 (Thu) 11:27

ラストショットに乾杯!

>ファインダーを通して見るのではなく肉眼に焼き付けたい
ありましたありました。そんな想い。
くろくまにとっては、50年12月24日の6788レが最期の光景。
すべて終わっちゃった・・・、って気になりましたよ。

そのあと、岩見沢へ向かう車内でトオカップ(赤)一本空けちゃった。

ロータリー号を撮ったときより、ずっと素敵な写真に仕上りましたね。
丘陵も木立も手前のヤブでさえ、日常の風景にお別れを告げているようです。

ひぐま3号さんにとっての一生モノ、もう一度拍手を贈ります。

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まこべえ  2008, 06. 12 (Thu) 18:51

ラストショット!
画面から、ながあい汽笛が聞こえてくるようです!

>右手の巻上げはモーター付かと言わんばかりにハイスピードで連写したものでした

そうそう、モードラなんかなかった時代、巻き上げレバーをいかに早く操作するか、隙さえあれば、練習しましたね。
まこべえの愛機は、キャノンのFTでした。
ブラックボディのレバー部分が光っていることが、勲章でした。

>ラストショットでは肉眼に焼き付けたい

うんうん、その気持ち、とつてもよくわかります。
まこべえも、蒸気終焉の頃は、みなが死にものぐるいで撮影しているよこで、渾身のワンショット撮影に徹し、心の眼にしっかりと焼き付けるようにしていました。

ホントに、キューロク・ありがとう! ですね。
ラストショットの白煙が、さようなら~と言っているようです。

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ひぐま3号  2008, 06. 12 (Thu) 20:24

くろくまさん
ありがとうございます!
何だか照れちゃいますよ~(汗)
たった一コマしか撮らなかったこの画、何故かこのコマだけ
カビが生えてしまい、レタッチしてのアップでした~
4/13撮影ってことで、追分同様の「消滅」なのでしょうかねぇ~

12月14日が私にとっての本当のラストディ
追分から岩見沢に向かうDD511149牽引の客レに揺られ
客車の貫通口から見えるDD51のナンバーがD511149って見え
凄く感傷的な気分でデッキに入る冷たい風に打たれながら佇んだのが
今でもその光景が脳裏に残ります。

トカップ1本?随分お若い時からイケル口だったようですね(笑)
今度、お互いの当時を回顧しながら乾杯しましょう!

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ひぐま3号  2008, 06. 12 (Thu) 20:39

まこべえさん
SRT101はスピードについて行けないことがしばしば、
ミラーが上がらずにシャッターが切れてしまい写っていない~っことも(涙)
それが、一番いいコマだったりすることもあって良く泣かされた愛機でした
先般、実家に存在していることが判明し(処分されたとばかり思っていました)
静態保存機として引き取る予定です。

12月の夕張線も最後の最後はワンショットにして、
去り行くD51の運炭列車を山の上から見送りました。

今、復活蒸機を撮影していますが、当時の感覚とは全く別物で
好きな汽車が走る光景を楽しむと言う感覚だけですね。
もっとも、「人の撮らないのを撮るぞ~」って野心は沸々なんですけど(笑)
機会が許せば、まこべえさんも如何です?好きな蒸機を眺めるって感覚での参戦
線路端(どっちかと言うと山の上)会談なんて言うのもいいと思いませんか?
でも、やっぱり居酒屋で一献かなぁ~(笑)

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KOPPEL-2  2008, 06. 12 (Thu) 21:20

ひぐま3号様 普段着の9600はいいですね。 しかも士幌線で・・・当時の鉄道ファンの多くは首都圏や関西圏の方々が多くて、地元の方にお会いした記憶がありません。 話し言葉なんかもアクの強い関西弁に伝染された思い出がありますよ。 自分はS50.12/24が経験できなかったのが、未だにトラウマです。自分も2度しか士幌線は行けませんでしたが、くろくまさんの他に自分の周りでは、この線区の写真 観ないですよ。 地元だとは云え自分史の中の記録が出来た事が羨ましいなぁ。

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kenken  2008, 06. 12 (Thu) 21:49

すばらしい記憶とともにある一枚なんですね。
こんな素敵な経験ができてよかったですね。

私は最後の最後は出かけられずに、TVの放映をみていました。
今にして思うと、とても残念なことをしたなぁと思っています。
ですから、ちょっと違うかもしれませんが、復活蒸気はいつまでも走り続けて欲しいと思っています。

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ひぐま3号  2008, 06. 13 (Fri) 20:18

KOPPEL-2さん
当時、なかなか士幌線までお越しになって頂けるファンの方が少なく
「おらが庭の鉄道」って意識でいました。
流石に、末期にファンの方に出くわす機会もあり「わざわざこんな辺鄙なローカル線にようこそ!」って感覚でした。
ネット社会になり、こうして過去の画が見られる環境になりましたが、
なかなか士幌線の現役キューロクの画は出て来ませんね
士幌線自体も廃線になってコンクリート橋の遺構が注目されると言う
何だか不思議な路線だけに、地元民でこうして携われたことが「嬉しい経験」であり
一生の宝って思えます。KOPPEL-2の画も是非拝見させて頂ければ嬉しく思います。

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ひぐま3号  2008, 06. 13 (Fri) 20:23

kenkenさん
あの頃は・・・
皆、何がしの「辛い思い出」があったり、逆に「いい経験」があったりですよね。
私も12月24日に日高山脈の裏でD51が最後の汽笛を鳴らしているのか~って
遠い夜空を眺めて行けない身を嘆いた口ですもの。
まあ、今の蒸機に関しては8年間の休止を経ての再々開なので
「楽しく」って感じで「画作り」を目指すようにしています。
それでも長く走り続けて欲しい気持ちは同じですよ~

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N市のT  2008, 06. 14 (Sat) 11:41

今となってはいい思い出になりましたね。
士幌線と同じく旧千歳線も同業者にはお目にかかれず「おらが庭の鉄道」状態でしたよ。

30年以上経過し、当時の日常を記録したものが貴重な財産になっていますね。
またそれを通じて30年も経過してお知り合いになって、当時の話で盛り上がる事が出来るのも有り難い事です。

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ひぐま3号  2008, 06. 14 (Sat) 23:39

N市のTさん
ホントこの趣味を長く続けていて良かったと思うのは
こうして皆さんと交友が持てることですね。
同好の由って言葉がありますが、現役を含めこの道を経験した者同士は
まるで戦友?って感覚でうち溶け合える気が・・・
共通項はマイナーな現役を知るってことがある種条件みたいところがありますよね。

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u403tsugaru  2017, 02. 24 (Fri) 02:20

諸先輩方のような経験がない私がお邪魔するのはおこがましいと思いつつ失礼します。

お写真からはキューロクに対するひぐま3号さんの想いがヒシヒシと伝わってきました。

肉眼で焼き付けたい…
その思いはご地元の路線を長年に渡り、ただひたすらに走ってきたキューロクへの愛情そのものだと思います。
とても胸が熱くなりました。

北海道といえば山線のC62ニセコや常紋のD51、はたまた宗谷のC55など有名どころは沢山ありますが、寂れた原野をただ黙々と働いてきたキューロクは本当に北海道の大地に似合っていた機関車だったと思います。

しばらく訪ねていませんが、十勝三股に行くと「ここまでキューロクが走ってたんだよなぁ」と感慨深くなります。
実際に見ることは出来ず、雑談や諸先輩方の写真でしか知る由がありませんが、あの原生林にキューロクの汽笛が響いていたかと思うと深い郷愁感に涙が出そうになるのです。

このような想いのこもったお写真と記事を拝見できたことに感謝致します。

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ひぐま3号  2017, 02. 24 (Fri) 17:45

u403tsugaru さん

コメントありがとうございます。

稚拙な上に推敲すらきちんとされていない、お恥ずかしい限りの記事に
賛辞を頂き大変、恐縮です。

少年期に士幌線の沿線町に居住し学校帰りに駅に滞在する汽車を眺めて
帰宅するのがルーティンのような頃、当時の学習雑誌に出ていたSLの見分け方は
CとかDとかアルファベットの記載がなされているのに、どうしてこの汽車には
数字しか並んでいなのだろう?この興味が汽車好き人生の始まりだったようで
以来、興味の対象は幾つかの方向(車・オーディオ・カメラと男の神器は網羅・笑)に
進むも、三つ子の魂百までとは良く言ったものでことこの汽車好きは不偏のようです。

その数字しか並んでいない「?」の汽車こそがキューロクでした。
そんな出会いのキューロクでしたから、いざ地元の汽車が無くなるとなると
万感の思いがあり、その思いも未だ色褪せず叶わぬ夢とは思うものの
キューロクの走る姿をもう一度、眺めたいと。

数年前に真岡鉄道で静態保存されていたキューロクを整備し圧搾空気で動かす
蒸機ならぬ空機となったキューロクを眺めて来ました。

やっと願いが叶うものの「それは動く」と言う言わばギミック的なものであり
大凡、「走る」それも「息をしながら」と言う蒸気機関車のぬくもりあるものでは
ありませんでしたが、いつの日にかそのぬくもりある走りをしてくれるのではとの
可能性を感じるだけで満足できるものがありました。

そうそう、今や自然に還った十勝三股ですが、当時、父が監督する事業所があり
夏休みともなればいつも遊びに行っていて、そこでも汽車を眺めた場所でした。

貴殿のコメントにあの懐かしき日々と汽車好きの原点を思い出しました。
原点回帰で「目に焼き付ける」姿勢で一枚を大切に撮らなきゃと改めて思っております。

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