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2023_07
05
(Wed)06:00

THE C62(函館本線)

20230703152023995.jpeg
C623+スハフ44系5B 函館本線 蘭島〜塩谷 1990.08.15 快速SLC62ニセコ号 9163レ


使用機材
カメラ MAMIYA M645
レンズ MAMIYA SEKOR C210mm F4.0N+TELECONVERTER 2XN
フィルム ILFORD XP-1

1990年夏
動輪の軸発熱から運休を余儀なくされ一時的に苗穂工場に緊急入場の上で修繕を施したC623
前日の8月14日は復旧初日とあってDE152504のエスコートで運行しての様子見
苗穂の守人達の技術が活きて軸発熱は起こらず翌15日からはDE無しでの運行となった。
午前中の雨とは打って変わり夏の陽が強く差し込む雨上がりの午後
花道とでも言うべき「蘭塩」お立ち台を「安心してください走れますから」と
言わんばかりに快走する姿を見せてくれた。


どう?正しくこれぞ「THE C62」って言う雰囲気でしょう〜

COMMENT 6

koppel-2  2023, 07. 05 (Wed) 06:25

 ひぐま3号さま 自分もこの区間で追い駆けてきて撮影しましたが、この様な縦位置の迫力のある画はついぞありませんでした。10月の連休での斜光線が綺麗だったのが印象的です。

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マイオ  2023, 07. 05 (Wed) 07:23

シロクニ快走!

なんか鉄道雑誌の表紙か見開きに登場しそうな一枚です。
いまや回想シーンでしか偲べぬ快走シーン。
まだご会葬したわけじゃないけど、階層的にはその一歩手前???
この一枚、お師匠さんの影響が感じられますね。
「シロクニはこう撮るんだ!」の叫びが聞こえてくるような・・・

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ひぐま3号  2023, 07. 05 (Wed) 12:31

koppel-2さん

コメントありがとうございます😊
この日も追っかけ無しでこの蘭塩一本に絞った日でした。
その為か現地入りが早く線路端の正面抜きS席を押さえたようです。
この線路端ではそれまでに何度か撮っていましたが出来が悪くってこの時再履修した記憶。
思い通りの画になったので以降一度も下に降りずでした〜
この蘭塩、夏以降の斜光線が当たる際の雰囲気は格別でしたね。秋はギラリ狙いしていました。

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ひぐま3号  2023, 07. 05 (Wed) 12:42

マイオさん

コメントありがとうございます😊
「シロクニ快走」正にそのタイトルが当初更新中に記した表題でした〜
如何にも快走しているイメージに見えますからね。
ただ、予約更新の完了直前でこんな正面ドッカ〜ン画で更新するのにもう少しタイトルを捻る必要があるのでは?と。
以前、Instagramでこの時のカラー画をpostした際に「THEC62」とタイトルした事があり「如何にも」との反響もあったので
ブログ更新でもそのタイトルで行こうと急遽の変更でした。

> 「シロクニはこう撮るんだ!」の叫びが聞こえてくるような・・・
通算129日も山線でC623を追い求めた「数」がなしえた一枚です。それを諺では「下手な鉄砲も数撃ちゃあたる」て言うんですねぇ〜

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福臨鉄  2023, 07. 05 (Wed) 20:43

C62が近づいてくる!

この位置で長いタマを使っての撮影、私は機会がありませんでした。
なので ↑ こちら拝見して全身が電流に打たれたような衝撃v-355v-355
追っかけで行って駐車場所からフゥフゥ駆けて行って撮るのですでにこの位置は
集煙装置に重油タンクを載せたⅮ51のような重装備の方々によって占められて
いた、、、そんな覚えがあります。道路から撮るのと煙りの豪快さが全然違い
ますね。
函館本線で見るまでは、C62というと3~5歳、常磐線内郷~平間の後に内郷
操車場、機関区になる父の実家の田んぼで見た平坦線を高速で走る姿でした。
父に「客車はC、貨車はDだ」と教えられていました。
子供ながらにボイラーが太いの細いのの区別はついていたようで小学生になって
からC62とC57が客車を牽いていたことを知りました。
ところで、この1990年の夏、C62が壊れのは7月の余市だったか、DE
15が替わりに客車を牽いた、、、私は行っていません。
郷里に近い水郡線でD51が「コニカ号」として8月の旧盆前に水戸と下小川の
間を走るということでそっちに気を取られていたからです。
営業運転時に玉川村~野上原の大変混みあった撮影地での話題はもっぱら北の
大地のC62のことだった覚えがあります。

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ひぐま3号  2023, 07. 05 (Wed) 23:09

福臨鉄さん

コメントありがとうございます😊
はい、この日の返はここ一本に集中しての行動。
確かこの時の3日間は東京からやって来ていた鉄友のエスコートであっちこっちとお連れしての撮影
前日の復帰第一戦はDE15との重連ゆえに追っかけ回したので翌日天気も悪く上下一本づつにとの事で出向いた次第です。
仰せの通りこのポジションは早いもの順みたいなところでしたので一番乗りの特権として頂きました。
よーくよーく思い出してみると…この日の天気は雨でして往路も雨宿りと称して誰も来ない来るはずもない
仁木〜然別間の国道跨線橋下からの撮影、午後も雨だと思って(向かった際はジャンジャン降りの最中)返しも跨線橋下に陣取ったら
あれれとばかりに晴れちゃっての結果だったと思い出しました〜

この年の7月中旬だったと思いますが塩谷で運転打ち切りの上DE15の救援を仰ぎ苗穂入り
苗穂で修繕してDD16による無火c62を構内引き回しで軸発熱の検査を行い出場、その間DLニセコ号がピンチヒッターでした。

水郡線で498走っていたのですね。c56、C58のイメージでc11の運行時に出向くもc61はパスしました〜
最近はSL遠征もなくなりイベント列車もDL化されちゃった感が否めませんね

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