fc2ブログ
2022_03
16
(Wed)06:00

舞台に揃う役者たち(函館本線)


C11207+旧客4B+DE151520 キハ150 函館本線 小沢 2014.10.18

使用機材
カメラ Canon EOS 5D Mark III
レンズ EF100-400mm f/4.5-5.6L IS USM

C11207…2016年8月JR北海道からレンタルと言う名目で東武鉄道に転属
旧客4B…除籍後も長らく旭川運転所で留置のまま
DE1520…2016年3月に廃車後苗穂工場の入換動車となる
キハ150…2020年3月H-100形入線に伴い旭川運転所へ転属
小沢駅…2030年の北海道新幹線札幌延伸に伴い廃止が決まる

主演役者も助演役者も消えた今
その舞台も終焉の時が来ることが決まってしまった。
無くなる前にもう一度この揃いが叶うことを願うばかりであるが
あり得ないだろうなぁ…

COMMENT 6

koppel-2  2022, 03. 16 (Wed) 06:53

 ひぐま3号さま 2つ目羊蹄号も倶知安で保存されていますよね。走る舞台自体がなくなるとはなぁ~ 何とも淋しい限りですね。 

Edit | Reply | 

マイオ  2022, 03. 16 (Wed) 07:58

なんとも・・・

車輛が老朽化して引退していくのはやむを得ないと思いますが、
路線が廃止になるというのは鉄道への役割期待を重視しないことの
現れですね。しかも大動脈だった路線ですからねぇ。
大陸ではないこの国ではどうしても大量長距離貨物輸送といっても
限界があるし・・・緊急時の迂回路線としても弱いのかな。
JR北はつらいなぁ。

Edit | Reply | 

福臨鉄  2022, 03. 16 (Wed) 18:58

C11のニセコ号

なるほどC11になっての小沢駅はこんな風でしたかぁ。普通列車と交換
ってことは時刻は11時ちょい前?
C11のニセコ号、走り始めの2000年4月に出かける段取りでしたが、
有珠山噴火で運転取りやめにi-240 代わって蘭島~塩谷などで
迂回の寝台やら特急を撮って帰った。。。以降、とうとう撮影に行くこと
なく運転終了e-260DEが後ろから押してくれるとはいえ数々の
峠を越える姿はどんなだったか見てみたかったです。
小沢駅といえば、数日前駅がなくなったらトンネル餅屋さんが店をたたむ
つもりだとネットのニュースで見ました。
将来、また噴火ってことになったら、、、貨物は室蘭から青森県まで船で?

Edit | Reply | 

ひぐま3号  2022, 03. 16 (Wed) 20:43

koppel-2さん

コメントありがとうございます😊
倶知安町に79615が保存されていますね。C62が復活した頃は綺麗に磨かれいつでも復活出来そうな佇まいでしたが
最近撮られたと言う画像では特長の二つ目が一つもげてしまい雪のせいかデフも曲がってしまい何とも惨めな姿になってしまったようです。
数々の伝説を生んだ山線が消えてしまうとは…まあ北海、ニセコと言った優等列車が消えた昭和末期、国鉄の終焉時にこの運命は始まっていたのかも知れませんね。

Edit | Reply | 

ひぐま3号  2022, 03. 16 (Wed) 20:57

マイオさん

コメントありがとうございます😊
どの赤字路線、鉄道に限らずバスでもそうですが「乗らないなら乗れないダイヤにするぞ」と言わんばかりに
減便したり不便な運行スタイルにし「ほら乗らないでしょう、だから廃止ね」ってパターンが多いこと。
ここも勝手の優等列車が走る頃からどんどん減便して函館〜札幌を通しの列車も無くなり凋落。
有珠山噴火時に迂回として脚光を浴びるも新幹線と言う止まらない列車の在来線切り捨てには勝てず消滅とは悲しい限りです。
JR北海道としては旅客鉄道と名乗っているものの新幹線の乗車率から貨物輸送やトラックを運ぶことも視野に入れて
専用車両の開発もしているとか。そうなると迂回路線を保持せずとも貨物はどうにかなるのでしょうね。
J北、辛いと思わせ結構したたかなのかもですよ〜

Edit | Reply | 

ひぐま3号  2022, 03. 16 (Wed) 21:20

福臨鉄さん

コメントありがとうございます😊
1993年に全国ツアーと銘打って北海道から九州まで復活蒸機撮りを敢行して休止宣言
四国勤務時代に休止している身を案じてかC56が四国に来たので休止を一時休止してパチリとするも
それ以降は殆ど真っ当な撮り出はせず20世紀を終えて21世紀へと。
ちょうどその頃なんですよね留萌でロケ列車が雪中運行されたり只見でも冬場に罐が走ったりとしたのですが
全く当時は「鉄板」集めに傾注し撮りはする気もなしでした。デジタル機材が一般的になった2007年頃
集めた鉄板を売り捌きデジタル機材を手にして今に至るのですが山線のC11は数年間しか行けずでしたので
思い出はなんと言ってもC623の復活運行時が主です。
C11撮影時に小沢駅を見下ろす丘から眺めるとオレンジ色の軒先テントが見えそこがトンネル餅のお店でした。
寅さんに出てきた往時の建物からは建て替えられたものの竹田旅館も健在でした。
新幹線車両にトラックを乗せて道内に上陸させることを目論んでいるようですので噴火による迂回路も必要なしと言う判断でしょうね。
もっともJR北海道は山線の存続は法的に拘束されておらず三セク化かバス転換かは地元自治体が決めるのが本筋
今回は長万部町と倶知安町が新幹線駅の開発による恩恵を優先したのが廃止へ流れた要因。
三セクで残しても赤字は脱却出来る目処もないので致し方ない判断なでしょうね。いずれにせよ残念な話ですね。

Edit | Reply |