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2021_09
15
(Wed)06:30

鉄道黎明期を彷彿(明治村)


Sharp Stewart 12 明治村 SL名古屋〜SL東京 2015.02.11


使用機材
カメラ Canon EOS 5D Mark III
レンズ EF100-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM

テーマパークの遊覧施設などとバカに出来ない程に古典機の魅惑を見せつけるSharp Stewartの走り
マッチ箱と揶揄された古典客車を従え白煙上げて駆ける姿は明治時代の鉄道黎明期にタイムスリップした気分になる
バッファー連結器に赤く塗られた端梁、細長い煙突にちょっと背の高い蒸気溜めドームを支える細身のボイラー
この古典機のフォルムが放つ美しさは単に機械設計の枠を超えた往時のエンジニアが持ち合わせたセンスが感じられる。
久しく訪れていないがこの先寒い季節を迎えたら再訪してみたいものである。

COMMENT 6

koppel-2  2021, 09. 15 (Wed) 06:50

 ひぐま3号さま 東京-名古屋間を最速で走る蒸機の登場ですね。 好み的には9号機よりは12号機かなぁ~ 自分も数回訪問してます。 落合政権当時 名古屋ド-ム観戦は地元から夜行バスで名古屋に ナイトゲ-ムまでの時間調整の為の訪問でした。 友人が降雪時の画像を撮影しておりまして これがいい雰囲気でしたねぇ。 緊急事態宣言ですっかり引きこもりの日常 こちらのデフなし機を堪能していますよ。

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マイオ  2021, 09. 15 (Wed) 08:25

行きたいな~

おっ、デフ無し罐シリーズその3ですねぇ。
なかなか期待に応えていただいていて、サービス精神満点ですね。

明治村、瑞穂球技場でのラグビー観戦(トヨタ対クボタ)と絡めて、
訪問の予定だったんですが、コロナ禍で試合とともに消えました・・・

私は9号機も12号機もどちらも好きですね。

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ひぐま3号  2021, 09. 15 (Wed) 23:14

koppel-2さん

コメントありがとうございます。
デフ無しの登用継続せよとの見えないプレッシャーに思わず禁断の実を頬張ってしまったの如くの古典機登場です(笑)
やっぱりA7の12号機ですよね!英国紳士の風合いがありスタイルも均整が取れていて好感度抜群。
方やアメリカ産9号は如何にもアイダホ辺りでポテトラインの牽引でもしていたのかの様な風体に田舎臭さが(笑)
ナイター観戦の間合い運用とは実に効率的な行動でしたね。積雪の中での運行ですか良い雰囲気でしょうね。
そんな時期に訪れてみたいものです。
引き篭もりは私も同じくでして「面倒くさい〜っ」と腰が上がらず京都鉄博すら超ご無沙汰ですぅ〜

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ひぐま3号  2021, 09. 15 (Wed) 23:23

マイオさん

コメントありがとうございます。
シリーズ化か?何てプレッシャーかけるからついついのせられちゃいました〜
デフ無しはキューロクとC12、C10しか無いなぁ…と思ったらこいつが「いるよ」って声かけて来たもので
流石にもうネタ切れですのでプレッシャーかけないで下さいね(笑)
で、行きそびれた?おやおや、罐って流師範から召集がかかるかもですぞ。
えっ?〜私も? それじゃ召集日に雪が積もったら馳せ参じますね(笑)

9でも12でも両方OKと?ここは12イチオシですよ〜(個人の感想です)

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福臨鉄  2021, 09. 17 (Fri) 19:06

博物館明治村

明治村というとそんな駅があった頚城鉄道(50年前廃止)を思い出しますが、
私は、テレビのドラマや旅番組でしか見たことがありません。
明治時代の汽車はあのくらいの速度で走っていたものかわかりませんが、舶来の
古典蒸機の魅力もさることながら羽後交通雄勝線から行った客車に揺られて明治
の時代を感じてみたいものです。
昭和37年小名浜臨港の社宅に移った頃はまだ家の前を貨車を牽く明治の蒸機が
走っていて父が休みの日は機関区から風呂の石炭をリアカーで運びました。

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ひぐま3号  2021, 09. 17 (Fri) 22:41

福臨鉄さん

コメントありがとうございます。
この撮影時に折角なので乗車もしておりましてマッチ箱と揶揄される古典客車の乗り心地結構いい味わいがありました。
古典機の方もいいブラスト音を響かせて少々甲高い汽笛を吹いて走るので乗っても楽しやでした。
昭和48年頃まで北海道の美唄に三美と呼ばれた炭鉱専用線では明治生まれのB6が現役だったのですが
行く機会には恵まれず廃止後につい最近まで存続していたなどの詳細を知り往時の中坊の情弱を嘆いた物でした。
小名浜もB6だったような記述を何某かの本で読んだ気がします。
北海道では昭和40年代前半まで石炭もおが屑も馬車によって届けられた記憶があります。
物置の横に石炭小屋があり、その前にドサっと馬車から降ろされたものを小屋に入れる手伝いを良くしたものです。
その際必ず馬糞も嫌々片付けなければいけなかったのも今じゃいい思い出です。

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