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2021_09
06
(Mon)06:30

デフ無しキューロクの思い出

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29601 函館本線 小樽築港駅 1974.01.05

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29601 函館本線 小樽築港機関区 1974.01.05

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29601 函館本線 滝川機関区 1975.07.29

使用機材
カメラ MINOLTA SRT101
レンズ MC ROKKOR 55mm f/1.7


デフ無しキューロクの思い出
幼少期から少年期にかけて毎日のように眺めた数字だけの変な機関車がキューロク
そのキューロクには必ずデフレクターが装備されているのに本に出ていたキューロクにはデフが無い
子供心にデフ無しキューロクに惹かれるものの毎日やって来るのはいつものキューロクであり勿論デフつき。
それから暫くして中坊となって帯広運転区に初めて訪れた時に見たのが新津から甲種回送された直後の39697
まだ足回りはロッドが外され荒縄がかけられたままであり区名札挿しには新津からの送状が刺さっていた。
その時見た39697こそがデフ無しキューロク初対面の瞬間であったがこの罐一瞬にして
追分機関区の19671とトレードとなりデフ無しキューロクはまたしても幻の存在に。
そのすぐ後に小樽築港機関区へC622とC623を見に出向きその際に何両かのデフ無しキューロクを見るも
現金な奴のようで目はC62オンリーモード(笑)
翌年(昭和48年)秋に小樽築港機関区が無煙化となるも手宮駅や築港駅の入換と排泄運用は翌春まで残っていると聞いて
やっと念願のデフ無しキューロクしかも働く姿をパチリとしたのがこの一枚
この日入換仕業に就いていたのは29601、29675、79615、79618の4両。
デフ無し機が2両と二つ目機が2両と言う今にして思えば美味しいキューロク達でした。
この29601その後滝川機関区へ異動となり根室本線の芦別までの運用に就いていた事もあったようです。
今でもC10やC12と言ったデフ無し機に魅惑を感じてしまうのはこのデフ無しキューロクの因果かも知れません。
真岡で空機として稼働する49671現役時代はデフ無し機だっただけにデフを外して往時の姿に戻してくれたならと思うところです。

9月6日キューロクの日という事で今週は「月曜鉄どうでしょう」とさせていただきます。

COMMENT 9

マイオ  2021, 09. 06 (Mon) 12:19

キューロクの日ご協賛お礼

長期休止状態のくせして、なーにがご協賛お礼だって言われそうですが、
どっこい本日現在は臨時開店ですので、しゃあしゃあと・・・

デフ無し罐、それもキューロクのデフ無しにご執心でしたか。
もともとキューロクはデフ無しが原型ですものね。
でも北海道独特の切り詰めデフ姿もなかなかの見ものでしたよ。

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koppel-2  2021, 09. 06 (Mon) 18:15

 ひぐま3号さま 地元にもデフなし9600はいましたよ。 軽便機はデフなしは当たり前ですが、当時は切取りデフに憧れていましたねぇ~ 29601 りりしいですね。
 勝手な思いですが、9600はデフの有無はともかく雪景色が抜群に似合いますよ。
隣国で写した僚機 何か軽そう印象を受けましたっけ。でも小沢で夕陽を罐全体に浴びた2つ目9600はカッコ好かったなぁ・・・ 9600日の勝手な思い入れですが・・・

 最近のトラの活躍は9600同様 痺れますね。

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ひぐま3号  2021, 09. 06 (Mon) 20:50

マイオさん

コメントありがとうございます。
臨時運用ですか?律儀だなぁ〜ってホントは罐って貰えず寂しくなっちゃったのでは?
罐って…おっとあちらはどんなキューロクの日なのかねぇ〜(謎)

そう言われりゃキューロクのデフ、無し、切り詰め、所謂標準、門デフなど各種ありましたね。
確かに見慣れた切り詰めがD51やC58も含めてしっくりですね。

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ひぐま3号  2021, 09. 06 (Mon) 21:05

koppel-2さん

コメントありがとうございます。
大宮機関区と言えば川越線の運用を含めてキューロクの聖地みたいな存在だったようですね。
元大宮の北海道転出車では地元帯広に居たらしい29683は終ぞカメラに収める機会に恵まれず
かと言って毎日見ていた上士幌駅での邂逅も記憶になく(多分見ているのでしょうが記憶も記録もないもので)滝川に転じた
59669のプレートがちょっと大きいタイプを赤平で見たのは記録も記憶も残っています。
深夜から降り続く雪の日の朝、汽笛が聞こえるとおっラッセルが走ったんだなと良く思った物です。
その後、午前中に駅に行くと降り止まぬ雪の中テンダーのライトがその雪を割くように照らしバック運転で駅に着く
キューロクの姿が未だに目に浮かびます。凄く印象的な光景であり何故見たのか何故カメラは持参していなかったのか
全く覚えていないのにビジュアルだけは未だ天然色で蘇ります。
トラ塗りのキューロクを幼少期に見て育ったから虎党になったのだろうかとふと気がつかされるトラの巨人狩りでしたね。

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福臨鉄  2021, 09. 06 (Mon) 22:36

96の日

釧路川に続き北海道の画が登場! 9月6日で96の日、しかもデフなしの
96をとり上げるセンスv-424 とても鮮明な画像にシビレますが、
改めて道内では75年7月時点でも蒸機が健在だったかと胸が熱くなります。
デフなし96、、さぁてと古いベタ焼の綴りを見返していますが、私は73年
直方と伊田の駅で撮ったのだけのよう(門デフにばっか目がいっていた)。
↑ 文中にある真岡の49671、元々はデフなしだったと
いうのは興味深い!特徴的な運転席にひょっとしたら桟橋に行く線を走って
いたのではと見物するたびに函館の街を思い出していましたが。。。
当地では、炭鉱の専用鉄道は86で96は内郷操車場と平駅の入換、磐東線で
使われていました。ナンバーを覚えているのは給水温め器が前にド~ンと
載った29620だけ。小学生の目にはD60と区別がつきませんでした。

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ひぐま3号  2021, 09. 07 (Tue) 22:13

福臨鉄さん

コメントありがとうございます。
国鉄現役最後の蒸機はなんと大正生まれのキューロクって事で76年3月まで生き延びた機関車でした〜
九州のキューロク達はデフ無しや門デフのイメージが強くて、しかもそのデフ無し機が本線をバンバン走る
北の島国から見たらホント異国の地九州って感じでしたので行かれて撮っているみなさんには羨望です。
49671、拙ブログの検索小窓に「空機」と入れて検索なさると現役往時の北見と滝川での姿が見られます。
廃車の時点でもデフ無しで、小樽築港区での保存輿入れ整備の際デフを着けた様です。
廃車後の整備時に機関車取り違えミスもあったので右運転席のデフ付き機と取り違えたのかと
刻印などを調べましたがどう探しても49671という事で何故着けたのかの疑問は続くよどこまでもです。
平区のキューロクって9657と言う4桁ナンバーのしかも形式入りプレート機が居たのを雑誌で見ていますが
ご対面はなされていませんでしたか。そうそうC6249も長らく保管されていたけど結局解体処分との記事の記憶もあり
お宝撮影をなさっているんじゃありませんか〜

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831列車  2021, 09. 10 (Fri) 20:36

49671

デフなしキューロクは味わいがありますねー。入換車が多いけど本線仕業もある区ではたまに本線でもみかけましたね。川越線の大宮のものとか。北九州ではあまりデフありなしに関係なく頑張っていましたっけ。
「空機」拝見しました。
北見で回送の準備中にはついていなかった回転式火の粉止めが滝川で現役復帰の際は取り付けられていますね。実は1973-8に私が北見でこのカマを撮影した時は一休中ですが火の粉止めは装備したままでした。輸送のために外してまた取り付けたのでしょうか?
また同機のものと思われるナンバープレートが都内某所の交通公園の資料室(といってもよくある模型とか適当にショーケースに飾ってある感じの施設)に49671のものがありました。全く説明などもないので個人の所有物をお借りしているのかもしれません。まあプレートはレプリカやら複数作製やらでどれが実際該当機が付けていた「本物」かわかりませんが…。
ご参考までに画像を
http://c5793.ebo-shi.com/7308-49671-1.jpg

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831列車  2021, 09. 10 (Fri) 21:12

訂正です

http://c5793.ebo-shi.com/iroiro-831gazou2.html
こちらの方がいいかもしれません。

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ひぐま3号  2021, 09. 11 (Sat) 22:36

831列車さん

コメントありがとうございます。
我がふるさとの北海道では道北や道東はキューロクが主で本線仕業もバリバリ働いており愛着度NO1なのに
復活機が居らず空気圧とは言え動くキューロクを見た時には感慨深いものがある一方で蒸気圧じゃないため
冷たい鉄の塊感に凄く違和感も感じたところでした。
さて皿パー(皿状クルクルパー)は何故付いていなかったのか?これは謎ですね。
多分、冬季間雪が積もる時期はクルクルパーを外す事が結構あり外している期間の終わりに異動となったのではと推察します。
ナンバープレートが別所に保管とは…この罐も保存に際して新たに鋳いたのでしょうね。
実は我が家にも旧狩勝峠の新内駅跡に保存されている59672のプレートを保有しております。
旧国鉄部内者による譲受品が後年遺品処分などで出回り手にした一枚です。
49671は処分では無く交通公園の資料室ゆえに寄贈されたのでしょうね。
画像ありがとうございました。

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