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2021_07
28
(Wed)06:30

SL銀河ドリーム号(釜石線)


D51498+12系6B 釜石線 鱒沢〜荒谷前 1995.12.24 9603レ

使用機材
カメラ MAMIYA M645SUPER
レンズ MAMIYA SEKOR C210mm F4.0N
フィルム CH

C58239によるSL銀河号の試運転が始まり釜石線に汽罐車が戻って来たようですね。
今週末あたりから本運転の開始でしょうか?
真夏の釜石線と言えば89年の7月末に初入線したD51498を撮りに行ったのが懐かしく思い出されます。
暑い時に暑い時の画を用いるよりは寒い時の画でもと言う事で同じ釜石線でも12月運行時の一枚です。
なんの変哲もない単なるカーブに登場の瞬間って事で四半世紀以上も眠っていた塩漬け画だけに
お目汚ししてしまう所業をお詫び申し上げます。

フィルムCHって何処の何てフィルムの略号だったやら?記憶がありません〜

COMMENT 6

koppel-2  2021, 07. 28 (Wed) 08:54

ひぐま3号さま 地元の試験運転線で釜石線に行く前の239号機の姿は撮りましたよ。
昨日も汽笛が聴こえてましたが、其れなりに業務多忙で観に行けませんでした。
この時期の釜石線D51はいけませんでした。 CHペ-パ-って云う原稿用紙等に貼り付ける印画紙は使用した事が有りますが、フイルムは判らないなぁ 久し振りに学生時代のメモを見たら79.7/26・27篠嶋で拓郎のアイランドコンサ-トに行ってました。75/8の丑の日にくろくまさんが、旭川の駅前で鰻 喰ってたんだよなぁ あれから46年まだまだ罐の趣味を続けている随分 金を失いましたねぇ~ 鉄道だから仕方ないか。

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ひぐま3号  2021, 07. 28 (Wed) 13:49

koppel-2さん

コメントありがとうございます。
確か昨日まではC1266も試験線で試運転をしていたようですね。
先週20日の火曜日に実家で休日を過ごす際にうちの奴から「汽車撮りにでも行って来たら」の言葉を貰うも
「いやいや今日はど平日、どっこも汽車走っていないよ」って答えてボーツっと1日過ごすもFacebookの投稿記事で
C1266の試運転の模様が投稿されているのを見てビックリ&ガックリでした〜(笑)
CH、気になって調べたらHGの後継種でフジsuperia X-TRAと判明しました。正式な略号はCH120で既に生産終了のお品です。
今日は土用の丑の日、鰻たべるより鱧にしようか安いから。とか、夜の友うなぎパイにしようかとか悩むところですが
「やっぱり鰻は浦和に限るねぇ〜」とヤオコー与野店の中国産鰻で一席講じてみたいものです。
koppelさんは是非角上魚類宮原店で国産鰻をゲットし精をつけこの暑さ続く中ご自愛くださいね!

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マイオ  2021, 07. 29 (Thu) 12:20

1995/12ですか・・・

私はどこで何やってたかというと、
北米出稼ぎの最初の冬!
11月末に最初の雪が積もって、落ち葉の山を片付ける前に
積雪がきたもんだから、道路の両端がいきなり雪山になって
道路の幅が半分くらいになり、困ったもんでした~

慣れぬ雪かきで毎朝3時起床。1時間ほどかいて、一休みして
出勤の日々。木曜日くらいになると疲労が蓄積して昼寝したくて・・・

そのころ日本ではこげなもんが走ってましたか~

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ひぐま3号  2021, 07. 29 (Thu) 20:19

マイオさん

コメントありがとうございます。
95年は北米出稼ぎ時代でしたか。北海道より緯度が高いところだったのでしょうか?
積雪で道路が半分になったり朝は雪かきから始まる生活はマイオさんが北米に行く数年前までルーティンでした。
朝、会社に行くために車の雪下ろし、会社に着いて駐車スペースの雪かき。営業に出ようとするとまた車の雪下ろし
営業が終わって会社に戻ればまたまた駐車場の雪かきして帰宅したらしたで駐車場の雪かきって生活
冬の札幌なんて住むものんじゃないですよ本当に。その頃C623が走っていた頃ですが雪のない季節だけだったのがご愛嬌です。

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坪井弘文  2021, 07. 29 (Thu) 22:32

冬の銀河ドリーム号

あれから四半世紀経っていましたか。。。倶知安駅前の宿で知り合った
友人に綾織あたりを俯瞰する(ドアを開けたところが撮影地i-179
地に案内いただきました。釜石線では10日ほど前C58が試運転の煙を
あげたようですが、私はC58のSL銀河になってからは行けずにいます。
88年7月27日函館に赴任した翌月、ひぐま3号さまに初めてお会いし
函館近辺の方々をご紹介いただき充実した日々を送ることができ改めて
お礼申し上げます。今世紀初め大病を患い郷里いわきに引っ込み今では
4つの診療科を行ったり来たり、年金受給者の身の丈に合わせ細々ですが、
鉄を続けております。「福臨鉄」亡父が勤めていた福島臨海鉄道です。

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ひぐま3号  2021, 07. 30 (Fri) 06:59

坪井弘文さん

コメントありがとうございます。
福臨鉄さんはやはり坪井さんでしたね。お懐かしゅうございます。
その節はホントお世話になりありがとうございました。
私も彼の地を離れた後は全国あっちこっちと転勤に伴う流浪の人生でして途中10年間ほどは休撮鉄
2006年に当時流行り物であったブログを過去に撮った画を用いて始めたら眠っていた撮りの心に火がつき
またまた鉄活動に嵌っております(笑)
還暦を過ぎるも会社から定年延長を賜り浪花の地で単身赴任と言う環境から西方中心に活動中です。
大病を患われたとのことお見舞い申し上げます。ほどほどに動くことが健康に通じると言われるだけに
日々身の丈に合わせた鉄活動は打ってつけですね。
郡山在住の頃、仕事でいわき小名浜には良く出かけ臨海鉄道を見かけるものの未撮の身、
今や全国的にも僅かな存在となった民鉄貨物線とあっては憧れの地だけにそこで鉄できる環境が羨ましい限りです。
この釜石線の銀河ドリーム号時ニアミスしていたとは驚くばかりです。
これを機に今後とも良しなによろしくお願いします。

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