COMMENT 4
マイオ 2021, 03. 03 (Wed) 08:28
あれ
過去画アップでしたか。
2018年の我が写真から考えると、ぎりぎり標茶寄りの立ち位置ですね。
それにしても、ここは晴れてナンボの場所ですねぇ。
確か「リベンジノボルノ」とか言ってたのは、このときの話?
これならリベンジの必要はないように見えますが。
あくまで、こちらとの比較ですが・・・
→http://myoldsteamers.blog.fc2.com/blog-entry-2104.html
koppel-2 2021, 03. 03 (Wed) 09:06
ひぐま3号さま 中学生当時の自分は北海道を目指し進学したら行くんだと意気込んでいました。初めての渡道は74/3の春休みでした。急行十和田で松前丸でした。七飯を過ぎるころから牛舎やサイロが目立ち初め おぉ~はるばる来たぜと思いましたよ。既に函館海線からは無煙化されていて瀬棚線美利河からスタ-トでした。 後年復活ニセコを追い駆けた時蘭島で見かけ牛舎が画面に入っていたのを想い出しました。 罐が威張り過ぎてないので煙が高く上がればとも思ってしまいますね。
ひぐま3号 2021, 03. 03 (Wed) 13:41
マイオさん
コメントありがとうございます。
今年、昨年とマイオさんが居ないが故に「不作」となり水曜日の本編ご開帳では使えぬ画ばかり故の過去画使いです。
そう、これあの数分後に吹雪いてホワイトアウトって展開だった立ち位置から標茶よりの雑木林の抜け
流石、長老様よくお解りです。ここはやっぱ晴れなきゃって事ですわ。
で、不朽の名言「リベンジノボルノ」を覚えていて頂き嬉しいかぎりです。その時のサブショットです。
今年仮監をリベンジノボルノしましたが霞魔王に返り討ちびに遭いボロボロとなりました〜
ひぐま3号 2021, 03. 03 (Wed) 13:53
koppel-2さん
コメントありがとうございます。
北海道では牛舎こそが北の大地の証とばかりに存在感がありますよね。
広尾線の愛国駅から帯広寄りにある牛舎は現役時代唯一絡めた牛舎でした。
C623復活時に倶知安界隈に通称「北の国から現場」と呼ばれた文字通りに酪農家とC623を絡ませるお立ち台がありますたが、
往時は食指が動かず行かず終いとなり、せめてC11で枯れた(離農廃業)のイメージと絡めてとの思いでこの眺めを見出しました。
線路までの距離があるこの立ち位置、どうしても汽車が小さく豆粒になるので晴れて煙があってで成り立つのがご愛嬌です。