2015_01
28
(Wed)08:00

落葉樹と枯れススキの狭間に(士幌線)

20110321-IMG_4676.jpg
59611 士幌線 北平和~上士幌 1975.03.20

春まだ遠い十勝の3月
一冬の間、寒風に晒されたカラマツは茶枯れたその葉を落し
灰色の樹皮が梢を纏うだけの裸木に。
そのカラマツで強い風から一冬守られたススキは立ち枯れたまま春を迎える
カラマツと枯れススキの狭間を余命いくばくもない老兵が
最後のご奉公とばかりに東大雪の山間の駅を目指し駆けて往く


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200mmの望遠で撮るか?普通は標準か広角でしょう~あの頃のボクは甘かったのだ。ピンもね(笑)



COMMENT 7

くろくま  2015, 01. 28 (Wed) 23:43

あ〜っ

あの日の画像ですね。

この日は北平和—上士幌でのプレは止めにして奥を目指しました。
下車していれば遭遇があったかもしれませんねぇ。

ですから、この時間帯(8時半頃)には、車窓からのロケハンを終えて
十勝三脵に到着しておりました。
その後724Dで一駅戻り、幌加から撮影地を目指したんです。

8791レを幌加で撮影し、乗った728Dでご一緒していたのかな。
40年前に思いを馳せて感傷的な気分になります。

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とおりすがりです  2015, 01. 29 (Thu) 11:19

200mm、きっと念願のお買いものだったでしょうから、手にすれば使いたくなるのも当然です。
写真は機材ではなく気持ちで写すものですから、念願のレンズでオリャと撮った方がいい写真が撮れるもんじゃないですかね。
作品を拝見していまして、ひぐまさんの心意気がとてもよく伝わって参ります。

ラス前の十勝三股貨物ですね。
私は進級のかかった成績会議だかで試験休み中にもかかわらず止め置かれ、日豊のさよなら運転を目前にして悶々としていた日でありました。

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ひぐま3号  2015, 01. 30 (Fri) 19:02

くろくまさん

はい、40年前のあの日、くろくまさんと同じ空の下で同じ列車を見つめた時のものです。
キツネメとひぐまのお師匠さんの出勤前撮りに便乗し、士幌、北平和と車での追っかけ
師匠がお仕事に向かったあとは、上士幌の発車を撮影後、十勝バスで追い抜き
黒石平で迎撃し、黒石平からは生コンミキサー車をヒッチして不二見橋までの移動でした
返しを撮った後、帯広まで帰ったのですがバスだったのか糠平から列車だったのか
記録も記憶もないんですよ。何せ、翌週走った最後の臨貨も行った記憶は何と無くあるのですが
ネガを無くしてしまい曖昧なんです〜覚えているのは最終貨物を黒石平のスキー場から俯瞰だったことなんですが
ネガ無きゃねぇ〜そうそうあの頃からキツネメは動きたがらずで
スキー場のてっぺんまで行ったのはひぐまとYくんだけでしたもの(笑)

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ひぐま3号  2015, 01. 30 (Fri) 19:14

とおりすがりですさん

確かに!今でも新玉導入すると無理やりその玉ばかり使うことが多く
山の上で11-16なんて広角で俯瞰する程ですから、ガキ頃なんて当たり前のように
200ミリレンズが標準レンズ扱いでした〜
この200ミリはf3.5のロッコールでしてこの時一緒に行っていた地元の我らが師匠から
譲って頂いた玉でした。師匠はその玉でC62重連やら常紋やらで名作を収められたものでして
すっかりひぐまによってその玉の晩節を汚したものでした(笑)
この数日後、春の嵐、名残りの大雪に見舞われロータリー号は順延し
雪多く残る中を59672のラスト臨貨運行でした。ラストって正確には蒸機だけによるとでも言いましょうか
4月の頭、DE10+9600の重連によるDL訓練運転がありましたからね。

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ひぐま3号  2015, 01. 30 (Fri) 19:17

とおりすがりですさん

追伸
暴風雪の予報に無理をせずと言うことで翌週に順延しました〜

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風太郎  2015, 02. 21 (Sat) 09:50

枯れすすき

士幌線の蒸気は随分遅くまで残っていたんですね。
枯れすすきは霜でも纏っているのでしょうか。
雪は無くとも春遠い寒さが伝わって来るようです。

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ひぐま3号  2015, 02. 22 (Sun) 00:45

風太郎さん

当時、こんなローカル線を一早くDL化する訳ないだろう、きっと最後の最後まで
蒸気機関車の牽き続けるだろうと思い込んでいましたが、意外にも75年4月で無煙化。
それでも長生きした方かも知れませんよね。
このススキは越冬して立ち枯れたススキでして、この地の寒風を受けカサカサになったススキでした。
丁度、春のお彼岸の時ですが寒い1日だった記憶があります。次の日から大雪に見舞われ
さよならロータリー号の運行がウヤとなり翌月に延期となったものでした。

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