2014_09
    24
    (Wed)08:00

    39年ぶりの邂逅

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    D51603+D51241 追分機関区 1975.12.14

    ひぐまが現役蒸機の生きた姿を見納めたのは1975年の12月14日
    国鉄最後の蒸機牽引客レとなったC57135の225レを撮り
    追分機関区では10日後の最終蒸機牽引貨物運行日まで活躍するD51たちにも
    この日別れを告げて来たものであった。
    いつの日にか、彼らの第二の人生である静態保存の姿で再会を果たそうと思うも
    保存先に搬入される寸前に起きた昭和51年4月13日の追分機関区の火災
    この603号機も、241号機など最終運行を担当したD51や最終入換担当した9600も
    扇形機関庫と共に燃え尽きてしまい、罹災した罐は全て解体処分されたと聞いていたのであるが・・・




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    奇跡的に保存されていた前頭部に会いに行って来た。
    39年ぶりの邂逅となったのであるが・・・
    物凄く気の毒な感情が湧き上がって来るだけで懐かしむと言う感覚がわかず
    そそくさとこの場を去って来たのであった。

    D51603 嵯峨野観光鉄道 19世紀ホール 2014.09.23



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    やまぐち号に続いては京都へですって。アハハ、すっかり西のお方になりつつありますなぁ~

    COMMENT 8

    ぜっきあいず  2014, 09. 24 (Wed) 20:35

    会いたいような・・・

    確かにそうなんです。
    行きたいような、行きたくないような。
    会いたいような、会いたくないような・・・
    未だ踏み切れない理由が、そこにあります。
    実行すれば、たぶん、ひぐまさんと同じような、
    微妙な感慨に浸ることになるかと思います。

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    とおりすがりです  2014, 09. 24 (Wed) 22:08

    えーっ、603号機の顔があるんですねー。
    第一罐胴以降が見事にありませんが、罐胴は沸点超の温度になったことがなくて火炎に弱かったんでしょうか(圧力が高いので沸点は110~120度くらいでしょうか...)。
    逆に煙室は常に高温にさらされてきたので火災にも強かったんでしょうか。
    私も思いは複雑ですが、見られる機会があればぜひ見たいです。
    きっと、入口で気合を入れたりしないと入れないんでしょうけど。小心者なので。

    603号機は12月24日、晴れの空の下で撮った最後の蒸機牽引列車となりました。
    晴れていても北の冬至あたり、35mmのTri-Xは止まっていても、6×6のエクタは見事にブレました。

    あ、追分の241号機と連結した写真、とてもいい感じじゃないですか。

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    岬めぐり  2014, 09. 25 (Thu) 16:31

    一枚目の雪の中の写真。
    客寄せパンダとは違う本当の意味で生きている蒸機。
    煤だらけのその表情は仕事人としての誇りを感じます。
    この時代に蒸機を撮ることが出来た方々をただただ羨ましく思います。

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    ひぐま3号  2014, 09. 25 (Thu) 23:50

    ぜっきあいずさん

    でしょう~この対面は追分の駅、機関区の跡地とは趣が違いますのでホント複雑な感覚
    ただ、会って帰宅し昔の現役時代の画と見比べているとふと思ったのが
    あの悪夢の火災からこの部分だけでも残りこうして保存され、しかもこんな屋内施設で
    荒廃する心配もないとなるとこれもまた歴史の証人なんだろうなと。
    静態保存で荒れ果てた罐の姿を見るよりはたとえ部分的とは言えこの保存環境は幸せかも知れませんよね。

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    ひぐま3号  2014, 09. 26 (Fri) 00:04

    Re: タイトルなし

    はい、このカットボディが現存すると知った時は驚きでした。
    当時の鉄道F誌に掲載された火災後の追分機関区の状況写真ではキャブ周辺には崩落した庫の瓦礫が
    乗っていたのを記憶していますので、火災で溶解したと言うより落下物で潰れたのが切断部分でしょうね。

    ここ嵯峨野駅横のホール内にはC5848とC5698の姿も。磨き上げられた両機は美しさを感じました。
    C5698は浜田時代に撮っているのでは?

    241と603は終焉時の言わばスター機でしたよね。最後の最後が行けずで24日撮影行きの皆さんが
    ホント羨ましい(恨めしいって言うのが本音だけど・笑)限りですよ~

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    ひぐま3号  2014, 09. 26 (Fri) 00:17

    岬めぐりさん

    この時代に撮れたことは嬉しい限りなんですが、お受験を控えた厨房時代に
    その淘汰の波は一気にやって来てしまい、晴れて高校生になったのですが
    これが、帯広から道央って遠いし、金無し高1には大変でしたよ。
    それでも、高校1年の所謂蒸機終焉年に北見網走、室蘭幌内、幌内根室、
    そしてさよならのC57135と夕張線と行けたのですから恵まれていますよね。

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    popoman  2014, 09. 27 (Sat) 17:11

    正にこの秋、娘でも伴って京都へ603を撮影しに行こうと思っていたところです。

    29657を見たとき本当に残念な気持ちになりましたが、同じ感情でしょうか。

    現役は603のロクな写真などないのですが、一度でも目にしてしまうと現在の603も気になってしまいますね。

    でもこれは思いっきり気を入れて見に行かないとショックが大きいかもですね。

    上越行ってきました、ありがとうございました。

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    ひぐま3号  2014, 10. 01 (Wed) 00:48

    popomanさん

    感覚としては29657のような保存先で朽ちた罐との再会とはまた違ったものでして
    よくぞ部分的に存在したって気持ちと、部分的になんて残さず伝説のままで居て欲しかったと言う気持ちが
    複雑に交差するんですよ。梅小路でしっかりと保存機を見た上で行ったせいも多少はあるかも知れませんが
    やはり最後の罐たちが燃え尽きたのが一つの区切りとして捉えるとしたら、ビミョーな存在なんですよねぇ
    でも、百聞は一見しかずです、是非、行って見てpopomanさんの視点と感情での記事をご披露なさって下さい。
    楽しみにしておりますね。 棚下ビュークリア、記事を拝見しておりました。行けて何よりでした。

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