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2018_09
05
(Wed)06:00

9654 根室本線 帯広駅東入換仕業 1973.12.28


使用機材
カメラ MINOLTA SRT101
レンズ MC ROKKOR 55mm f/1.8
フィルム 上)フジカラーf100 / 下)コダックトライX

更新は毎週水曜日なもので1日早いキューロクの日として9654の入換シーンです。
この9654、大正4年1月生まれで廃車が昭和51年の3月と車齢61年を数えた
現役キューロクで一番長生きした罐(保存機となった9633は除く)である。
右運転席改造で本線運用は皆無であったが広尾線のサヨナラ列車で次補機に就いたのは
長生きした老兵への計らいだったのであろう。

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19671+9654 広尾線 愛国〜北愛国 1975.05.03

2018_08
01
(Wed)06:00

C57135 223レ 室蘭本線 登別 1975.08.01 (再デジタル化&現像による再掲載)

使用機材
カメラ MINOLTA SRT101
レンズ MC ROKKOR 200mm f/3.5
フィルム FUJI NEOPAN SSS

2018年の夏
山陽線が復旧するまで阿東路にC571の走りは見られない。
来年初夏まで修繕と定期検査が続き磐西にC57180の走りは見られない。

43年前のこの日
このC57135の他、38、57と3両のC57に牽かれる列車を見て撮った。
44、144を加えた5両のC57にとって最後の夏であったが
そこには日常と言うごく当たり前の光景があった。

135号機と次に会えたのは正しく最後の走りとなった12月14日の225レであった。


2018_05
05
(Sat)06:00

69620 湧網線 常呂〜北見共立 1990レ

使用機材
カメラ KONICA C35
レンズ HEXANON 38mm f/2.8

「そだね〜」や「モグモグタイム」と言った言葉がTVを賑わせた平昌冬季五輪
流石に季節がめぐり春になり勢い初夏かと言う程になるとすっかり過去の流行り言葉
一躍注目を集めた常呂町もまた静かな田舎町に戻った感が否めませんが
43年前の5月5日、その常呂町でトラ塗りのキューロクを撮っておりました。
前月の4月に地元の士幌.広尾.池北線の罐が消え石北.湧網線も風前の灯とのことで
GWに出かけ何とか間に合った湧網線、今となっては行っておくことが出来良かったと
写真を見るたびに思えてなりません。

ぜっきあいずさんの 号外⁉︎「43年前の“今日”へ」 - 常呂 -にインスパイアされ
今日まで温めこの日が来るのをじっと待っていたら旬を外してしまいました〜(笑)

2018_02
18
(Sun)15:00

D51345 夕張線 追分 5797レ 1975.12.14

使用機材
カメラ Canon EX AUTO
レンズ EX50mm f/1.8

かつて鉄道の要所として機関区や運転区の所在した町を「鉄道の町」と呼んだ。
地方の小さな町にとって町民の数が国鉄職員やそのご家族の占める割合が高くなるので
そう呼ばれることが多かったようである。
ここ追分もその代表的な町であり線路脇に並ぶ鉄道官舎の数がそれを物語っていた。

蒸気機関車による本線運用も残すところあと10日となったこの日も
炭鉱(ヤマ)の町夕張を目指すD51が日常(いつも)通りに官舎に見送られ駆けて行った。


2017_08
17
(Thu)13:15
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室蘭本線 栗山駅 1975.7.29

鄙びたローカル駅で客レ同士が往き交う
客車列車が当たり前に走っていた時代では上下列車の駅交換や複線区間での邂逅などが
それこそこれも当たり前のように見られたものであった。
時が流れ、効率化や駅構内線や施設の省力化などで客レから気動車や電車への置換えが進み
今や客レはイベント列車、主に復活蒸気機関車による牽引でしか見られないものとなってしまっている。

JR東日本では2系統の客車を保有し既に何度か邂逅をイベントとして実施しており
複数の機関車や客車を保有する大井川鉄道に於いても何度か駅交換シーンがある列車運行をしているが
どちらもここ数年はそのようなイベントは企画されていない。
そんな中、JR西日本がやまぐち号の客車を古き佳き時代の客車をモチーフに新製し
従来のレトロ客車と置換えを行うこととなった。
新しい旧客風新造客レのデビューとレトロ客車の最終運行を上下の列車交換が為されるスジとし
共にSLが牽引するという幕末維新やまぐちDCの目玉企画であったのだが…

先般、重連運行日の前日に起きた「長門峡」駅接近を示す標識の無断撤去(持去り)のせいか
加熱する趣味人の動向を察知しその回避を目的としてなのかは解らないが
SL同士の交換が、SLとDLによる列車牽引に変更されたと言う。

もし、それらの事が起因しての変更であれば…
7月のプレス発表後直ぐにレンタカーとホテルの予約をした身としては行くか見合わせるか悩ましい限り
もっとも、体力と気力が衰えたままの身ゆえにSL同士の篠目駅交換と言うモチベーションが消えると
答えは見合わせと決まったようなものである。
2017_06
28
(Wed)06:00


20170627233337d0c.jpg

C58391 池北線 勇足駅 1974年1月撮影


昭和17年、教職の身を捨て一人の男が作詞家を目指し教え子達が見送る中この駅から上京
戦前は成功せずも戦後の歌謡史に名を馳せるほどの作詞家になった。
それが女のためいきや長崎ブルースの作詞家、吉川静夫氏である。

今回頂いたコメントから、その方へ御礼の意を込めて更新です。
Sさん、どうぞお使い下さい。



2015_12
14
(Mon)07:00
20081214-IMG_4458.jpg
C57135+オハ35系等8B 室蘭本線 追分~三川 1975.12.14 (再掲載)

あの日あの時の12月14日は特別な一日であった。
225レが目の前を駆け抜けて行くと一つの時代が終わった

あれから40年か・・・
線路端に陣取るあの頃の戦友たちは今も罐を求めて彷徨っているのだろうか?


使用機材
カメラ ミノルタSRT101
レンズ ロッコールMC200mm f3.5

タイトルの「感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 225レ - 」は
ぜっきあいずさんのブログ銀『塩』鐵道の夜掲載の記事名を拝借いたしました。


勿論、勝手に無断で~

2015_09
06
(Sun)17:54
20120902-IMG_2140a.jpg

今日は9月6日でキューロクの日かと思ったら、松崎しげるの日だそうで(笑)
日焼けした肌の黒(クロ)からの語呂合わせのようですが、面白い記念日があるもんです。

とりあえず個人的なキューロクの日を祝しまして、懐かしい士幌線の幻区間をアップいたしました。
おじさん達のブログでもキューロクが見られるといいですね。


使用機材
カメラ ミノルタSRT101
レンズ ロッコールMC200mm f3.5




久々の更新
銀ちゃんの記事がモチベーションになりました~

2015_04
08
(Wed)08:00
20081104-IMG_4003.jpg

盟友キツネメ君と帯広駅で待ち合わせ、帯広発09:23の陸別行923Dに乗り目指すは本別
10:51に本別に着くと北見から池田を目指す貨物列車の1992レが待っていた。
923Dが陸別を目指して発車して行くと、1992レが構内入換を行い貨車を繋ぎ列車組成を始める

組成を終え発車待ちとなった頃を見計らい車掌さんに池田まで緩急車に乗せてもらう交渉を行い
「乗ってけ、いいぞ」の言葉にすぐさまカセットデッキレコーダーをテンダー上に載せて緩急車に乗り込む
汽笛が鳴り、本別駅助役が見送る中貨物列車の旅が始まる。
実はこの旅、2度目のことであり前年の1月にもC58391が牽く1992レに乗車しており
2度目の今回は言わば「確信犯」として本別に向かっていたのである。

20110321-IMG_4689.jpg

池田発北見行き1995レを池田駅場外信号の下から狙うも・・・
春の嵐とでも言うべき突風が吹き荒れ「盛大なる煙をお願いします」と頼んだ煙は
あれよあれよと言う間に煙幕と化して視界を遮ることに。
発車直後の煙がまだ本格的に出る前に切った一コマだけが唯一の釣果となった

あれから今日で丸40年の歳月が流れた。ひぐま15の春。翌日が入学式であった。

C58139 上 池北線 本別駅  下 池田駅 1975.04.08

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本州勢が既に春休みを終えて帰った後であろうから、
私的「40年前の“今日”へ」の春編、ひぐまがシンガリを務めたことになったかな?