2018_05
05
(Sat)06:00

69620 湧網線 常呂〜北見共立 1990レ

使用機材
カメラ KONICA C35
レンズ HEXANON 38mm f/2.8

「そだね〜」や「モグモグタイム」と言った言葉がTVを賑わせた平昌冬季五輪
流石に季節がめぐり春になり勢い初夏かと言う程になるとすっかり過去の流行り言葉
一躍注目を集めた常呂町もまた静かな田舎町に戻った感が否めませんが
43年前の5月5日、その常呂町でトラ塗りのキューロクを撮っておりました。
前月の4月に地元の士幌.広尾.池北線の罐が消え石北.湧網線も風前の灯とのことで
GWに出かけ何とか間に合った湧網線、今となっては行っておくことが出来良かったと
写真を見るたびに思えてなりません。

ぜっきあいずさんの 号外⁉︎「43年前の“今日”へ」 - 常呂 -にインスパイアされ
今日まで温めこの日が来るのをじっと待っていたら旬を外してしまいました〜(笑)

2018_02
18
(Sun)15:00

D51345 夕張線 追分 5797レ 1975.12.14

使用機材
カメラ Canon EX AUTO
レンズ EX50mm f/1.8

かつて鉄道の要所として機関区や運転区の所在した町を「鉄道の町」と呼んだ。
地方の小さな町にとって町民の数が国鉄職員やそのご家族の占める割合が高くなるので
そう呼ばれることが多かったようである。
ここ追分もその代表的な町であり線路脇に並ぶ鉄道官舎の数がそれを物語っていた。

蒸気機関車による本線運用も残すところあと10日となったこの日も
炭鉱(ヤマ)の町夕張を目指すD51が日常(いつも)通りに官舎に見送られ駆けて行った。


2017_08
17
(Thu)13:15
201708171248566f0.jpg
室蘭本線 栗山駅 1975.7.29

鄙びたローカル駅で客レ同士が往き交う
客車列車が当たり前に走っていた時代では上下列車の駅交換や複線区間での邂逅などが
それこそこれも当たり前のように見られたものであった。
時が流れ、効率化や駅構内線や施設の省力化などで客レから気動車や電車への置換えが進み
今や客レはイベント列車、主に復活蒸気機関車による牽引でしか見られないものとなってしまっている。

JR東日本では2系統の客車を保有し既に何度か邂逅をイベントとして実施しており
複数の機関車や客車を保有する大井川鉄道に於いても何度か駅交換シーンがある列車運行をしているが
どちらもここ数年はそのようなイベントは企画されていない。
そんな中、JR西日本がやまぐち号の客車を古き佳き時代の客車をモチーフに新製し
従来のレトロ客車と置換えを行うこととなった。
新しい旧客風新造客レのデビューとレトロ客車の最終運行を上下の列車交換が為されるスジとし
共にSLが牽引するという幕末維新やまぐちDCの目玉企画であったのだが…

先般、重連運行日の前日に起きた「長門峡」駅接近を示す標識の無断撤去(持去り)のせいか
加熱する趣味人の動向を察知しその回避を目的としてなのかは解らないが
SL同士の交換が、SLとDLによる列車牽引に変更されたと言う。

もし、それらの事が起因しての変更であれば…
7月のプレス発表後直ぐにレンタカーとホテルの予約をした身としては行くか見合わせるか悩ましい限り
もっとも、体力と気力が衰えたままの身ゆえにSL同士の篠目駅交換と言うモチベーションが消えると
答えは見合わせと決まったようなものである。
2017_06
28
(Wed)06:00


20170627233337d0c.jpg

C58391 池北線 勇足駅 1974年1月撮影


昭和17年、教職の身を捨て一人の男が作詞家を目指し教え子達が見送る中この駅から上京
戦前は成功せずも戦後の歌謡史に名を馳せるほどの作詞家になった。
それが女のためいきや長崎ブルースの作詞家、吉川静夫氏である。

今回頂いたコメントから、その方へ御礼の意を込めて更新です。
Sさん、どうぞお使い下さい。



2015_12
14
(Mon)07:00
20081214-IMG_4458.jpg
C57135+オハ35系等8B 室蘭本線 追分~三川 1975.12.14 (再掲載)

あの日あの時の12月14日は特別な一日であった。
225レが目の前を駆け抜けて行くと一つの時代が終わった

あれから40年か・・・
線路端に陣取るあの頃の戦友たちは今も罐を求めて彷徨っているのだろうか?


使用機材
カメラ ミノルタSRT101
レンズ ロッコールMC200mm f3.5

タイトルの「感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 225レ - 」は
ぜっきあいずさんのブログ銀『塩』鐵道の夜掲載の記事名を拝借いたしました。


勿論、勝手に無断で~

2015_09
06
(Sun)17:54
20120902-IMG_2140a.jpg

今日は9月6日でキューロクの日かと思ったら、松崎しげるの日だそうで(笑)
日焼けした肌の黒(クロ)からの語呂合わせのようですが、面白い記念日があるもんです。

とりあえず個人的なキューロクの日を祝しまして、懐かしい士幌線の幻区間をアップいたしました。
おじさん達のブログでもキューロクが見られるといいですね。


使用機材
カメラ ミノルタSRT101
レンズ ロッコールMC200mm f3.5




久々の更新
銀ちゃんの記事がモチベーションになりました~

2015_04
08
(Wed)08:00
20081104-IMG_4003.jpg

盟友キツネメ君と帯広駅で待ち合わせ、帯広発09:23の陸別行923Dに乗り目指すは本別
10:51に本別に着くと北見から池田を目指す貨物列車の1992レが待っていた。
923Dが陸別を目指して発車して行くと、1992レが構内入換を行い貨車を繋ぎ列車組成を始める

組成を終え発車待ちとなった頃を見計らい車掌さんに池田まで緩急車に乗せてもらう交渉を行い
「乗ってけ、いいぞ」の言葉にすぐさまカセットデッキレコーダーをテンダー上に載せて緩急車に乗り込む
汽笛が鳴り、本別駅助役が見送る中貨物列車の旅が始まる。
実はこの旅、2度目のことであり前年の1月にもC58391が牽く1992レに乗車しており
2度目の今回は言わば「確信犯」として本別に向かっていたのである。

20110321-IMG_4689.jpg

池田発北見行き1995レを池田駅場外信号の下から狙うも・・・
春の嵐とでも言うべき突風が吹き荒れ「盛大なる煙をお願いします」と頼んだ煙は
あれよあれよと言う間に煙幕と化して視界を遮ることに。
発車直後の煙がまだ本格的に出る前に切った一コマだけが唯一の釣果となった

あれから今日で丸40年の歳月が流れた。ひぐま15の春。翌日が入学式であった。

C58139 上 池北線 本別駅  下 池田駅 1975.04.08

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本州勢が既に春休みを終えて帰った後であろうから、
私的「40年前の“今日”へ」の春編、ひぐまがシンガリを務めたことになったかな?

2015_03
20
(Fri)08:00
20080715-IMG_2293.jpg
59611 士幌線 上士幌 8791レ 1975.03.20 既出で失礼!

毎週木曜日のお楽しみは普段1791レとして上士幌停まりの貨物が
終点、道内最標高地駅十勝三股まで8791レとして運行される臨貨
SLダイヤ情報誌にも記載されない言わば「幻の貨物列車」
士幌線も4月初旬にはDL化されるとのことであと何回見られるものかとの思いで
我がふるさとの町、上士幌駅を発車する8791レを撮影
この駅を出ていきなり20‰で登るロケーションは、ここから十勝三股までの区間が
道内屈指の山岳路線である証でもあった。
この発車を撮り、十勝バスの糠平行に乗ると清水谷駅で停車しているこの列車を
追い抜くことが出来、黒石平で下車して撮影したのは地元の利であったのかも知れない

この日、くろくまさんもこの列車を求めて士幌線に来ておられたとのこと。
数キロ圏内でのニアミスだったようです。

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メモも記録も全て無くし、おまけにネガやポジまでも一部消失させてしまった地元士幌線での罐撮り
無くしたネガには黒石平の俯瞰やマヤ検を牽くキューロクとか貴重なものが含まれ
二眼で撮った2Bネガには根室本線の区間小貨物も・・・まあ、残っていてもダサ画ですけどね
記録としては残らずも、我が脳裏に焼き付く思い出は40年経っても消えずですが
その思い出が消える頃は「ボケジジィ」となっていることでしょうね(笑) 





2015_03
19
(Thu)08:00
20110329-IMG_4705.jpg
59690 士幌線 木野~帯広 1975.03.19

おちゃらけ路線担当だなんて言ってぜっきあいずさんやくろくまさんの綴る
ノスタルジックストーリーを冒涜してしまったひぐまでしたが
やっと、私的「40年前の“今日”へ」正調編に追いつきました~
追いついたと思ったら今回のストーリーテーラーぜっきあいずさんが離道する日だって
いやはや、これは大変失礼致した次第ですが、数日間はこのタイトルを使わせて頂き
40年前の日々を振り返ってみたいと思います。

さて、今回のこのネタ
見ての通りスクエアカットと言うことでマミヤフレックスによる撮影のもの
翌日の士幌線、臨貨を撮りに上士幌ベースとすべくキツネメ君の家に前泊
彼と帯広市内で待ち合わせ、まずは木野で1792レを撮ろうと移動しての撮影
この牽引機59690がこの列車の運用を以て二止めとなるとのことで
最後の走りを撮りに行ったものでした。


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今でも2カメ体制を敷くことがあるひぐま、この時期既に2カメって「欲深き人生」の黎明期でした~(笑)